【第2回】悔しさを「外」に向けたら、仲間がいた

高山明美

前回は、男性ばかりの役員会で意見が素通りされ、会議室を飛び出して階段で泣いた
——という苦しい時期のお話をしました。

では、その悔しさを抱えたまま、私はどうしたのか。
答えは、シンプルです。気持ちを「外」に向けたのです。

「あなたのところも、そうなの?」

ある時、たまたま、同じような立場の女性たちと出会いました。
女性の経営者や役員、管理職の方たち。男性社会の中で、私と同じように疲れ切っている人たちです。

話してみると、驚くほど共鳴するのです。

「あなたのところも、そうなの?」
「わかる、わかる」

会社の中では、女性ひとりで苦しんでいるような気がしていました。
でも外に出てみれば、同じ思いを抱えた仲間が、ちゃんといたのです。

「これは、女性同士で勉強会をしましょう」——慰め合うようでもあり、学び合うようでもあり。
そうして2011年、大阪で生まれたのが、女性経営者の会「カサブランカ・エグゼクティブ倶楽部」でした。

カサブランカという名前には、大人の女性として「高貴」「純粋」「威厳」という花言葉のように理想を掲げてほしい、関わるすべての人に人間愛と希望を持って接してほしい
——そんな願いを込めました。

なぜ、人が増えていったのか

ただ女性同士で集まって話すだけなら、人数はそうそう増えません。
けれどカサブランカは、口コミでどんどん広がっていきました。

理由は、はっきりしています。
毎回、女性が本当に興味を持てる「学び」を用意したからです。

最初の頃のテーマは、経営の話ばかりではありませんでした。
メイクの先生、ネイルスクールの先生。少し先輩の女性に来ていただいて、お話を聞く。

当時有名だった、ある先生——神戸・北山の西洋の建物で結婚式をアテンドする会社をされ、東京では英会話教室も開いていた方
——のように、多彩な先輩たちが、惜しみなく経験を分けてくださいました。

毎月1回、講演会を開き、終わったらお食事会。
そこでまた語り合い、名刺を交換し、新しいご縁が生まれていく。
「あの先生に来てもらおう」「この方を紹介したい」と、紹介が紹介を呼んで、輪が広がっていったのです。

しかも講師の方々は、出演料を「ゼロでいい」とおっしゃってくださいました。
お渡しするのは交通費だけ。「あなたたちがそういう勉強会をしたいのなら、いいですよ」と。

いま思えば、先輩方も現役の女性たちに向けて自分の経験を語ることが、心から嬉しかったのだと思います。
教えることは、最高の学び。
この実感は、のちのアルモニスの土台そのものになりました。

やがてテーマは「経営の大先輩のお話を聞きましょう」へと移り、役員や経営者の参加もぐっと増えました。
12月のクリスマスパーティーには男性もお招きして、多いときには80人も集まったことがあります。「よくあんなことをやったなあ」と、自分でも思うほどです。

私自身に起きた、ふたつの変化

このコミュニティは、参加者だけでなく、私自身を大きく変えてくれました。

ひとつは、情報です。

外のさまざまな業界の方とつながると、社内では決して入ってこない情報が手に入ります。
それを会社に持ち帰り、「こういう動きがあるらしいですよ」と伝える。
人との交流をほとんどしない社長も、「なるほど」と耳を傾けてくれる。
私は、外の世界と社内をつなぐ窓口のような役割を果たせていたのだと思います。

もうひとつは、心の変化です。

会社の中では、女性ひとり、疎外されているような気持ちでした。
でも外に出て、「あなたのところもそうなの?」と語り合えるだけで、ストレスがすっと軽くなる。

女性同士で話すときの、あの安心感。共鳴する感覚。
ときにはお酒を酌み交わして発散して
——あの場に来る女性は、不思議とみんなお酒が強かったのですよ。

そうやって築いたネットワークは、いまも続いています。
弁護士、会計士、司法書士といったさまざまな士業の方とも知り合えました。

ホームページが、思わぬ縁を運んできた

忘れられないエピソードがあります。

東京で出会った、ジュノンスーパーボーイで特別賞を受賞したイケメンの青年が、わざわざ事務所を訪ねてきたのです。
ちょうどカサブランカのホームページを公開した頃で、彼はそれを見てくれていました。

彼は芸能関係で「発声」を専門にしていて、「人と話すときに体の状態を整える」ワークを、会社でやらせてほしいと言うのです。
「いいですよ」と社員を集めて受けてもらったら、それが彼にとって企業研修の初めての実績になりました。

そこから他社にも広がって、彼の活動は大きく育っていったそうです。後日、大阪のカサブランカにも講師として来ていただきました。

「私たちの場が、誰かの人生にも影響を与えているのかもしれない」
——そう感じた、嬉しい出来事でした。

すべては、外に向けて発信していたからこそ生まれたご縁です。

つながりは、ずっと続いていく

「カサブランカ・エグゼクティブ俱楽部」は、2013〜14年頃、私が東京へ移ったのを機に、いったんお休みに入りました。
それでもワインの会だけは不定期に続け、仲間とのつながりは絶えませんでした。

その中心メンバーのひとり、Mさんは、残念ながら2025年に乳がんで亡くなりました。
彼女はウォーキングの講師として場を支え、たくさんの人を紹介してくれた、大切な仲間でした。

会社では理解されなかった悔しさを外に向け、同じような悩みを抱えた女性経営者たちと出会い、学び合える場をつくろうと動いた結果、こうして十数年たっても切れない縁が生まれた
——それが、私にとってのカサブランカの意味です。

そして、その火は消えていませんでした。

次回はいよいよ、10年の時を経て、いま「アルモニス」として再び立ち上がる理由をお話しします。