正直に告白します。
会社の役員だった頃のある日のこと、私は取締役会の会議室を飛び出して、階段の踊り場でひとり泣いたことがありました。
会議の途中で席を立ち、そのまま終業の時間までずっと戻れない。
総務の人が社内を探しまわったそうです。
でも、目が真っ赤に腫れてしまって、とても人前に出られなかったのです。
——どうして、わかってくれないんだろう。
その悔しさを、いまでこそ笑って話せるようになりました。
けれど当時は本当に、悔しくて情けなくて、たまりませんでした。
このサイト「アルモニス」を立ち上げた理由をお話しするには、まずこの一番苦しかった時期のことから、お伝えしなければならないと思っています。
私が経営の現場に立つようになったのは、夫が創業した情報通信の会社がきっかけでした。
最初から一緒にやっていたわけではありません。
夫ともう一人の男性、そして事務職の女性が二人ほど。
そんな小さな会社でした。
ところが創業から半年ほど経った頃、その事務職の女性二人が、突然そろって辞めてしまったのです。
それで「手伝ってほしい」と言われました。
主人の両親と同居していて時間があったので、「それなら」と引き受けました。
そこから、私の長い経営人生が始まったのです。
最初に任されたのは「金庫番」でした。
まだ経理の専任すらいない会社でしたから、お金の出し入れ、銀行回り、資金の管理——
お金にまつわることをすべて引き受けました。
会社はそこからどんどん大きくなっていきます。
社員が増え、役員が増え、資本参加してくださった大手商社からも役員が出向してこられました。
社長、専務、取締役——
毎月の役員会には、ずらりと顔が並ぶようになりました。
そして、その役員会で女性は、私ひとりでした。
当時はまだ、男社会の真っただ中。
私は私なりに、会社のこと、社員のこと、日々感じることを意見として伝えました。
でも、誰も聞く耳を持ってくれない。
無視される、というより、言葉がそのまま素通りしていく。
そんな感覚でした。
「営業のことなど、女にわかるはずがない」——
口には出さなくても、空気でそう言われているのが伝わってくるのです。
たとえば、社員教育のこと。
会社が大きくなり、新入社員も採用するようになりました。
携帯ショップも何店舗か構えていましたが、まったく違う業界から入ってきた人たちが、覚えることは山ほどあります。
それなのに「教育は店長がやるもの」という考え方。
忙しい店長が、現場を回しながら一から教えられるはずがありません。
「本社にきちんと人事や教育の担当を置いて、しっかり育ててから現場に送り出すべきではないですか」
そう何度も訴えました。
でも、聞いてもらえない。
「自分で勉強するものだ」の一点張りです。
結果どうなったか。
教育を受けないまま現場に立たされた社員やアルバイトは、出たり入ったりを繰り返しました。
当然です。
何もわからないまま放り出されて、続くはずがないのですから。
もうひとつ、忘れられないことがあります。
私たちは、形のない商品(電話番号などの権利)と、形のある商品(携帯端末)の両方を扱っていました。
形のある商品も、社内に入荷した順に連番をつけて管理しなければ、どこへ流れたのかわからなくなります。
あちこちに店舗がある会社ですから、なおさらです。
「入荷順の連番をつけておかないと、在庫が不明になりますよ」
そう言っても、また平行線。
「番号を入れるのは面倒だ」「大変だ」と。
役員の中にも、その重要性がわからない人がいました。
そして、最終的にどうなったと思いますか。
——盗まれるのです。盗難が起きるのです。
賛同してくれる管理者もいました。
けれど、社長がああだこうだと言い切ってしまうと、他の男性役員たちは黙ってしまう。
あるいは、斜に構えてやり過ごす。
結局「女性が言ったところで」と片付けられてしまうのです。
「そんなの当たり前だ」「考えが甘い」——そう言われるたびに、私の説明が下手だったのかもしれない、と自分を責めもしました。
けれど、こうした小さな「素通り」が積み重なって、気持ちは外へと向かっていきました。
つい長く話してしまいました。
でも、こうして振り返るのは、過去を恨むためではありません。
こういう悔しい思いをしている女性は、いまもきっと、たくさんいる——そう確信しているからです。
私の場合は「社長の妻」という立場でしたから、まだ守られていた方でした。
一般の社員として入社し、実力で上がっていく女性たちは、もっと露骨に邪魔をされたり、セクハラやパワハラに遭ったりしている。
報道されるのはほんの氷山の一角で、表に出ないところで、それは日常的に起きているはずです。
「あと5年我慢しなさい。うるさいおじさんたちがいなくなれば、会社は変わるから」——
そう助言する人もいます。
でも、5年経ったら、私たちの体力も気力も衰えてしまう。
変わるのを待つのではなく、変えるなら、いまなのです。
では、あの悔しさを抱えた私が、どこへ向かったのか。
次回は、私が「外」の世界に見つけた、かけがえのない仲間たちの話をさせてください。