上場編⑤:監査法人と近畿財務局——上場準備の2年間

高山明美

上場準備室ができ、銀行から出向してくれた若手と、社内の総務の若手。この二人が実務を動かしはじめました。

そこから実際に上場するまで、約2年かかりました。

今回は、その2年間に何が起きていたのかをお話しします。正直に申し上げて、いちばん泥くさい話です。

会社の中を、全部洗い直される

まず決めるのが、監査法人です。

監査法人が入ると、会社の中をざーっと、全部調べられます。文字どおり、洗い直しです。

驚いたのは、調べられる範囲でした。

会社の数字はもちろんですが、社長である夫、役員である私、さらには兄弟の利害関係まで調べられるのです。同族で経営している会社ですから、そこに不透明なものがないかを、徹底的に見られます。

資料は、それはもう、すごい量でした。

上場のためには「最低限これだけは必要」という資料の型があります。それを、監査法人とうちの担当者がやり取りしながら、一つひとつ揃えていく。この作業が延々と続きました。

近畿財務局に、突き返され続けた

資料がある程度そろうと、今度は財務局に申請します。大阪の会社ですから、近畿財務局です。

ところが、ここがなかなか受け付けてくれないのです。

何度も何度も、いちゃもんをつけられる——担当者たちはそう言っていました。とにかく厳しいのです。行った者はみんな、頭に来て帰ってくる。

私は直接行っていないので、話を聞いては「へえー」と思うばかりでしたが、あれは本当に大変だったと思います。

けれど、いま振り返ると、あれで鍛えられたのだと思います。

上場というのは、そう簡単にできるものではないのです。当時は特にそうでした。「上場するぞ」と旗を掲げたものの、途中で中止になった会社は、きっとたくさんあったはずです。

営業部門にも、新しい仕事が生まれた

準備室と経理・総務だけの話ではありませんでした。

営業部門——ショップを担当している部長たちにも、大きな宿題が出ます。

三か年計画、五カ年計画です。

売上の計画をきちんと立て、それが達成できるという見込みを、すべて数字で示さなければなりません。

財務局は、その事業計画を見るのです。この会社は、この先ちゃんと発展していくのか。大きくなっていく見込みがあるのか。その見込みがなければ、上場は認めてもらえません。

営業の人たちは、それまで、そこまで厳しく数字や計画を求められたことがありませんでした。ですから、あの時期は本当に大変だったと思います。

でも、これこそが上場するということなのです。

きちんと計画を立て、その根拠を数字で示せるようになること。それが、「普通の会社になる」ということなのだと思います。

そして、これは上場したら終わりではありません。上場後は毎年——いまなら四半期ごとに決算があり、そのたびに計画が問われます。見通しを立て、必要なら修正し、また示す。その繰り返しです。

泥くさい2年間が、会社を変えた

監査法人に洗い直され、財務局に突き返され、営業は慣れない計画づくりに追われる。

華やかさなど、どこにもない2年間でした。

けれど、この2年間で、会社は確実に変わっていきました。数字で語れる会社になり、根拠を持って先を描ける会社になった。上場という出来事以上に、この体質の変化こそが、大きな財産だったと思います。

そして不思議なことに、この苦しい期間を通じて、社内の空気が少しずつ変わっていったのです。

最初は斜めに構えている人もいました。「そんなこと、できるんかな」と。それが、いつの間にか——。

次回は、九州から北海道まで散らばった約300人が、どうやって一丸になっていったのかをお話しします。「絶対に無理です」と言っていたあの部長が、最後に見せた顔のことも。

次回|【第6回】300人が一丸になった——「絶対無理です」と言った部長が、最後に見せた顔