加入権のレンタルから始まった通信の商売は、携帯電話の波に乗って伸びていきました。
同じ時期、携帯ショップを展開して売上を上げていた会社が何社かあり、そこがポンポンと上場しはじめたのです。「うちにも、そういうチャンスがあるのかな」——そう考えるようになりました。ある商材で数字が大きく伸びたことも重なって、「いよいよ、うちも上場準備に入りましょうか」という話になりました。
でも、私たちが上場を目指した理由は、売上や知名度ではありません。
跡を継ぐ人がいなかったからです。
私たち夫婦には、子どもがいませんでした。
ですから、会社を引き継ぐ人がいないのです。
甥にあたる子(夫の兄の子)もいました。けれど夫は、「あの子たちには荷が重いだろう」と、最初から諦めていました。向き不向きというものは、どうしてもあります。
では、どうするか。
上場すれば、会社は公の企業になる。そうすれば、優秀な社員さんに後を引き継いでもらえる。
これが、私たちの頭にあった答えでした。
社会的な信用が上がれば、優秀な人が集まってくれる。その人たちの中から、会社を託せる人が育っていく。だから上場するのだ——と。
いま振り返って思うのですが、会社を起こした人というのは、その会社が永遠に続くとは思っていないものです。
考えているのは、今のことばかりです。
どうやって売上を伸ばそうか。どうやって会社を大きくしようか。この忙しさを、どうやって早くさばけるようにするか。銀行からいくら借りて、どこに設備投資をするか。
そして——それを考えている時が、いちばん面白いのです。
そうやって夢中で走っているうちに、会社は少しずつ大きくなり、売上が伸びていきます。そして、はっと気がついたときには、それなりの数の社員さんがいて、それなりの企業規模になっている。
そのとき、ふっと思うのです。
「これ、あと誰が引き継ぐの?」
私たちが上場を考えるようになった時期は、まさに会社がその規模に達したタイミングと、ぴったり重なっていました。
正直に申し上げると、忙しい時期は、後継のことなど考える暇もありませんでした。
繁忙期は、本当に忙しかったのです。
電話が鳴りっぱなしで、こちらから電話をかけられない。かけたいのに、鳴りやまないから受話器を取る。応対が終わったら、また鳴る。それが終わって、やっと自分の電話をかける。そういう毎日でした。
あんな経験、普通はなかなかしないと思います。
だからこそ、いま声を大にしてお伝えしたいのです。
忙しさの真っ盛りにいる時こそ、「次に誰が引き継ぐのか」を考えておかなければならない。
私たちの場合は、幸運にも、会社が伸びている全盛期に「上場して、優秀な人に引き継いでもらう」という道筋を描くことができました。もしあのまま「今」だけを見て走り続けていたら、まったく違う結末になっていたかもしれません。
もうひとつ、正直な気持ちをお話しします。
社員さんが増えると、その後ろにご家族がいらっしゃることが、はっきりと見えてくるのです。
社員さん本人だけでなく、その奥さん、ご主人、お子さん。その方々の生活が、この会社にかかっている。そうなると、そう簡単に会社を潰すわけにはいかないという思いが、だんだんと重みを増してくるのです。
社員の定着も、悩みでした。人は出たり入ったりで、なかなか長く続けてくれません。
けれど、上場して会社が安定すれば、皆さんも残って働いてくれるのではないか。会社が公のものになれば、続いていく力を持つのではないか。
事業を継続するとは、そういうことだと思うのです。自分が頑張り続けることではなく、自分がいなくなっても回る形をつくること。
中小企業の社長さんの中には、身内に引き継がせたいと願う方も多くいらっしゃいます。けれど実際には、家族内の人間関係や、向き不向き、ご本人の意向——さまざまな事情でうまくいかない話も、たくさん耳にします。
私たちは、それを見越して「最初から優秀な人に来てもらう」道を選びました。そのための手段が、上場でした。
とはいえ、社内がすぐにまとまったわけではありません。
上場準備に入りましょうという話をしたとき、経理の部長と総務の部長が反対したのです。理由は、「上場の経験が初めてで、自信がない」ということでした。
では、そこからどうやって前に進んだのか。
次回は、上場準備室をつくり、そこにどんな人を求めたか——人選にまつわる、いちばん実務的で、いちばん面白い話をさせてください。