上場準備室に、「スパスパ意見を言う人」を求めた

高山明美

前回お話ししたとおり、上場準備に入ろうという段階で、経理部長と総務部長が反対しました。「経験がないので、自信がない」と。

無理もありません。上場準備は、膨大な資料づくりと制度づくりの連続です。40代を過ぎていれば、その大変さが先に見えてしまう。しんどい思いをするのは自分たちだ、と感じたのだと思います。

銀行が、積極的に動いてくれた

そんな時、思わぬ後押しがありました。

取引していた銀行が二、三社あったのですが、そのうちの一社が、上場についてえらく積極的に話をしてくださったのです。

そして、こう言ってくれました。

「銀行の中から、上場準備室へ出向する人を決めてお出ししますよ」

これは、いいなと思いました。

あとで知ったのですが、銀行にはIPO(新規株式公開)を目指す企業を応援する部署があるのですね。私たちが「準備を進めています」と話し始めたら、そういうところが動いてくれた。

もうひとつ、背景がありました。

大手商社が40%出資していた理由

当時、うちの資本には大手商社が40%参加していました。

なぜ商社が入っていたのか。ポケットベルが流行っていた頃、商社にはそうした通信を扱う部署があり、百貨店やスーパーへ代理店として卸していたのです。

一方で私たちは、加入権の商売を通じて、すでに百貨店やスーパーに入り込んでいました。

「では、御社と一緒にやりましょう」

そういう話になって、資本参加してくださったのです。

この商社からの紹介もあって、銀行はいっそう強くバックアップしてくれました。しっかりした資本が入っている会社だから、という安心感もあったのだと思います。

会社というのは、こうしてご縁が重なって前に進むものだと、しみじみ思います。

「物怖じせず、スパスパ意見を言う人がいいです」

さて、出向者を出していただけることになり、銀行の人事総務の方が来られて、こう聞かれました。

「どういう人がいいですか?」

このとき、私は自分の希望をはっきり伝えました。

「初めて来る企業の中で、準備室に入って仕事をしていただくので、物怖じしないで意見をスパスパ言う人がいいです」

上場準備室というのは、社内のあらゆる部署に「これを出してください」「この体制を変えてください」とお願いし続ける役割です。遠慮する人では務まりません。まして、外から来た人が既存の部長たちに向き合うのですから、なおさらです。

すると、まさにそういう人が来てくれました。

お父様が同じ銀行の支店長で、海外に勤務されていたため、その方は帰国子女でした。中国語も英語もペラペラ。年齢は20代後半。とても優秀な人材でした。

二人三脚が、会社を動かした

社内では、総務にいた若手の優秀な人を一人つけました。主任クラスの人です。

たまたま、この社内の担当者も、物怖じせずに意見を言うタイプでした。

出向してくれた方と、この社内の若手。この二人三脚が、本当にすごく頑張ってくれました。上場準備の実務は、この二人が動かしてくれたと言っていいと思います。

面白かったのは、反対していた部長たちの反応です。

若手が来てくれたら、「よかったわ」という感じになったのです。

「自分には経験がないけれど、若手がやってくれるなら」と。40代を過ぎていれば、あの資料の山と格闘するのはやはりしんどい。だから「若手が来てくれて助かった」という気持ちが、本当に強くあったのだと思います。

反対は、やる気のなさではなく、荷の重さへの正直な反応だったのですね。だとすれば、必要だったのは説得ではなく、担い手を用意することでした。いま振り返ると、そこが分かれ道だったと思います。

ここからが、本当の始まりでした

こうして、上場準備室が動き出しました。

けれど、部屋ができたからといって、上場できるわけではありません。むしろ、ここからが本番でした。

監査法人が入り、会社の隅々まで洗い直される。財務局には、何度も突き返される。営業の現場は、これまで求められたことのない精度で数字の計画を立てなければならない。

準備室ができてから実際に上場するまで、約2年かかりました。

次回は、その2年間に社内で何が起きていたのか——いちばん泥くさく、いちばん鍛えられた日々のお話をさせてください。

次回|【第5回】監査法人と近畿財務局——上場準備の2年間