上場編⑥:300人が一丸になった——「絶対無理です」と言った部長が、最後に見せた顔

高山明美

上場準備の2年間で、いちばん驚いたこと。

それは、社員が本気になっていく過程でした。

当時、社員とアルバイトを合わせて、250人から300人ほどいました。拠点は北海道、仙台、東京、名古屋——九州から北海道まで散らばっています。

顔を合わせることもない、これだけの人数が、ひとつの目標に向かって一丸になっていったのです。

なぜ、そんなことが起きたのか。振り返って思うことをお話しします。

「従業員持株会」という仕組み

ひとつは、はっきりした理由があります。従業員持株会です。

上場するときには、この持株会という仕組みをつくります。会社の株を、社員さんが持てるようにするのです。

強制ではありません。あくまで任意で、欲しい人が100株、200株と、希望する分だけ持ちます。給与や賞与から一定額を天引きして積み立て、定期的に自社株を購入していく。会社から補助が上乗せされることもあります。

在職中は売れませんが、退職するときには売ることができます。

そして——上場すれば、株価は上がります。買った時より上がるのです。

つまり、これは社員さん自身の資産形成になる。会社が伸びれば、自分の財産も増えていく。

そうすると、会社に対する見方が変わります。単に勤めている場所ではなく、自分も持ち分を持っている場所になる。そこに、責任感が生まれるのです。

言い方は少し軽くなりますが、貯金のような、お楽しみのような。そういう感覚もあったと思います。

「あれ、本当に上場するのかな」

もうひとつは、社内の空気そのものが変わっていったことです。

最初は、斜めに構える人もいました。

「そんなん、できるものかな」

それが、だんだん現実味を帯びてきます。

社外から人が出入りするようになる。証券会社の人、監査法人の人。社内でも、上場準備の進捗が発表される。持株会の説明があり、実際に申し込みが始まる。

すると、社員が気づきはじめるのです。

「あれ、うちの会社、本当に上場するのかな」

斜めに構えていた人たちが、だんだん本気になってくる。その変化が、目に見えるように伝わってきました。

気配、というのでしょうか。雰囲気が、明らかに変わっていくのです。

そして、目標が間近になってくると、もう全社が一丸になっていました。あの本気になって一つの目標に向かうときの勢い——あれは、本当にすごかったです。

離れた拠点にいて、顔も合わせないのに、同じ方向を向いている。大きな目標には、そういう力があるのだと知りました。

もうひとつ付け加えるなら、「上場企業に勤めている」ということ自体が、社員さんにとって誇りになります。ご家族や親戚に対しても、やはり違うのですね。

「絶対無理です、私にはできません」

いちばん忘れられないのは、最初に反対していた部長のことです。

上場準備に入ろうという話が出たとき、経理部長と総務部長が反対したことは、以前お話ししました。

そのときの言葉が、これでした。

「無理や。絶対無理です。私にはできません」

いま思えば、あれは怠慢ではありません。経理の人は、その大変さを誰よりも知っているのです。だから反対したのです。

そして、実際に上場した後。その部長が、えらくニコニコしながら、私にこう言ったのです。

「本当に、上場しましたね」 「本当に無理やと思ったけど、本当にできました」

あの嬉しそうな顔は、いまでも印象に残っています。

それぞれが、自分の強みを発揮した

面白かったのは、反対していた総務部長が、いざ始まると誰よりも力を発揮したことです。

その人は、パソコンで資料を作るのが非常に得意でした。計画も、計画に対する実績も、ざーっと全部つくってしまう。

それを銀行に報告したところ、銀行の方が「これはすごいですね」と、えらく感動されていました。

それぞれの皆さんが、自分の持っている強みを、どんどん発揮してくれたのです。

上場準備室の二人。業務部の担当者たち。計画の資料をつくる総務部長。数字を積み上げる営業部門。

誰か一人が引っ張ったのではありません。一人ひとりが、自分の得意なところで前に出た。その総和が、あの2年間だったのだと思います。

信念がなければ、できない

いま、経営に携わる方にお伝えしたいのは、このことです。

大きな目標は、人を変えます。

最初から全員が乗ってくれることなど、まずありません。斜めに構える人もいれば、はっきり反対する人もいます。

けれど、目標が現実味を帯びてくると、人は変わります。そして、それぞれが自分の強みを持ち寄りはじめる。

ただし——信念がなければ、続きません。

近畿財務局にあれだけ突き返されて、それでも進み続ける。途中で諦めた会社がたくさんあるなかで、最後までやり切る。それは、仕組みや制度の力だけでは無理です。

次回はいよいよ、このシリーズの最終回。私たちを後押ししてくれた追い風と、2005年4月、東京証券取引所で鐘を鳴らしたあの日のことをお話しします。

次回|【第7回・最終回】2005年4月、東証で鐘を鳴らした日